今回は東武鉄道の鉄道路線の中でもあまり知られていない東武小泉線・東武佐野線に乗車してきました。この二つの路線ですが、現在は通学輸送が主になっているローカル線で、乗車した限りだと採算を取るのは難しそうな路線ですが、一体なぜこんなところに鉄道路線があるのでしょうか?

東武佐野線に乗ってきた 2両のローカル線なのに交換駅がたくさんある

そもそも今回乗車した東武佐野線がどこにある路線かというと、館林から出ている支線のようなもので、路線延長は22.1kmで35分かけてゆっくり走ります。

元々は主に貨物輸送のために作られた路線のため、途中で信号場っぽい敷地があったり、鉄橋手前が比較的急カーブの箇所があったり、かつての貨物で栄えていた時代を思い出せるような光景がたくさんありました。輸送密度的には路線単体であれば赤字路線ですが、周辺には高校が点在するなど、地域の足としては欠かせない路線だと感じました。

東武佐野線の終点葛生駅はかつては貨物ターミナルだった

今回は東武佐野線の終点である葛生駅からスタートです。東武線で最近見かけなくなった東武8000系の2両ワンマンに乗車します。奥に線路が伸びていますがかつて貨物線があり、少し北に行くと住友セメントの工場があるなど東武会沢線・東武大叶線などセメント・石炭・ドロマイト輸送を行っていました。

中でもセメントについては、現在の東京スカイツリー駅となっている業平橋駅まで輸送していました。(東京スカイツリーは貨物ヤードの跡地を生かして建てられた経緯がある)

葛生駅~多田間は複線化の計画があったため、そのための用地が確保されています。乗車した際にはそこにも注目してみると面白いかもしれません。

16時台に乗車したこともあり、2両のワンマン列車でも車内は結構人が乗っており、沿線の青藍泰斗高校や佐野日大高校の通学輸送としての役目を果たしていました。

路線の至る所に貨物輸送をしていた跡が残る

当日は雨だったため窓が濡れており、見づらいですが構内の広さを見てもらうと分かる通り、明らかに貨物ヤードがあった跡が残っていますね。また、貨物輸送を行っていたころは比較的高頻度での運転だったことが想定され、その証拠に駅数が10駅しか無いにも関わらず、始発駅と終着駅を除けば全て交換駅となっています。

東武佐野線での使用車両は東武8000系と東武10000系ワンマン改造の11201Fと11202Fが充てられていました

2020年6月4日より、東武10000系を改造したワンマン列車2両編成が運用についていました。こちらの列車には帰りに乗車しましたが8000系と比較すると乗り心地もよく、車内にLCDが一部ドア上に表示されているなど車内サービスが向上していました。

佐野駅ではJR両毛線と接続を行っていた

東武佐野線は佐野駅でJR両毛線との接続駅になっていて、接続時間は約3分ほど取られていて通学輸送を意識したダイヤになっていました。ただし、両毛線小山方面から東武佐野線館林方面に乗り換える乗客が少ないのか、小山方面から来た列車の接続を待たずに発車していきました。30分に1本しかないため、接続した方がいいような気もしました。

とはいえ、東武佐野線から両毛線に乗り換えるにはちょうどいいダイヤだと思いましたし、理想的な乗り換えのダイヤだと個人的には感じました。

終点の館林駅到着 ここから東武小泉線に乗り換え

東武佐野線の終点の館林駅到着しました。頭端式ホームとなっていて一応ホームの長さは2両以上の列車が止まれそうな長さはあります。国土地理院の1983年ごろの航空写真を見ると、左側の構造物はかつてホームだったかもしれません。

各列車との接続時間は10分から20分程度。そのため接続時間も考慮されてか、アイス・お菓子・飲み物の自販機が設置されており、学生の方を中心に購入されている光景が見られました。

ダイヤは葛生駅基準で毎時05分~12分発の列車は浅草方面と太田・赤城方面の「特急りょうもう」と必ず接続するようなダイヤが組まれていて、特に東京方面へは便利なダイヤが組まれています。

また、逆に特急りょうもうから東武佐野線・東武小泉線の接続も考慮されていて、特急りょうもうが遅れた際には接続待ち合わせを行うダイヤになっていました。

東武小泉線に乗車 運転系統が変則的な路線 かつては軍用路線としても活躍

今度は東武小泉線に乗車します。真ん中の2線は東武伊勢崎線で奥が東武佐野線、手前が東武小泉線になっています。なかなか頭端式ホームが2つあるというケースは珍しいのではないでしょうか?個人的には高崎駅の八高線ホームのような感じがしました。

この路線は東武8000系のみ運用されていて、先ほどの東武佐野線とは少し異なります。

さて、東武小泉線は館林~西小泉までの12.0kmの路線と、東小泉から太田まで分岐する支線が伸びています。

東武小泉線は運転系統が若干変則的になっています。1つは館林から西小泉まで走る系統、もう一つは西小泉から太田まで行き、太田から先は赤城まで東武桐生線と直通運転する普通列車の系統があります。

また、このほかに東武伊勢崎線には館林から太田・伊勢崎方面に走る列車があり、初めての人には少し複雑になっています。

運転系統的に館林から太田までの普通列車が走っていますが、あえて小泉線に乗り、東小泉で赤城行き普通列車に乗り換えるという光景も見られました。(おそらく赤城方面まで乗り継ぐ場合に、太田乗り換えよりも早く乗る列車の座席に座れるためと思われます。)

そのため、小泉線に乗っている全ての人が終点の西小泉まで乗るわけではないということが乗車して感じたことです。

終点の西小泉駅に到着 かつて軍事輸送に使った線路の跡地がその先も続く

終点の西小泉駅に到着しました。実際に使われているホームは手前側の1か所のみです。しかし、奥には使われていない線路とホームがあります。改札口を出てみると、何やらかつて路線が伸びていたような敷地がそこには残っていました。

この先には仙石河岸(せんせきがし)駅までの貨物線が伸びていて、東小泉駅自体も中島飛行機小泉製作所の玄関口としてして使われています。

仙石河岸から先、軍部の要請で東武熊谷線との接続のための延伸計画もありましたが、終戦によって消滅しています。今でも廃線跡や橋脚などが残っているそうなので、廃線に興味がある方は是非訪れてみるといいのではないでしょうか?

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OER2612
OER2612
4 年 前に

佐野線は石灰石やセメント輸送が盛んだった線ですね
業平橋にはセメントサイロなどがあって…
あとは、成田空港建設時の採石輸送も行われ、電機3両が空港公団持ちで増備された… とか…

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