南武支線 205系1000番台
南武支線の205系1000番台 八丁畷駅にて筆者撮影

南武支線という路線をご存知でしょうか。

川崎市の尻手駅と、同じく川崎市の浜川崎駅を結ぶ路線です。

川崎という日本でも有数の都市を走る路線ながら、列車はなんと2両編成。

都心や横浜から近い立地を生かして、独特な進化を遂げてきた路線なのですが…どのような歴史を持ち、現在はどのような人に利用されているのでしょうか。

今回は都会のオアシス的なディープ路線、南武支線について深く掘り下げます。

南武支線とは?区間と運行間隔、乗り換え路線について解説

南武支線 浜川崎駅
浜川崎駅。鶴見線との乗換駅だが、鶴見線への乗り換えにはいったん改札を出て、目の前の道を渡らなければならない。筆者撮影

南武支線は、尻手駅と浜川崎駅を結ぶ全長4.1kmの路線です。

正式な通称は南武線の浜川崎支線であり、現在は山手線に所属していた205系を先頭車化改造した205系1000番台が運用されています。

全線ワンマン運転で、日中は約40分間隔での運転。

平日朝夕は10~20分間隔での運転となります。

尻手駅で南武線、八丁畷駅で京急線、浜川崎駅で鶴見線に乗り換え可能な通勤路線ですが、運用されている205系1000番台は2両編成という、都会のオアシス路線のような雰囲気です。

一部東海道貨物線と線路を共用している区間があり、駅で列車を待っている間も貨物列車が頻繁に行き来するのが南武支線の特徴。

むしろこの貨物列車を狙いに、撮り鉄が多く訪れる路線でもあります。

八丁畷駅 貨物
八丁畷駅に進入する吹田A19仕業75列車。牽引機は吹田機関区所属のEF66-112。筆者撮影

八丁畷駅や浜川崎駅は貨物列車の撮影ポイントとして有名です。

都会の中を2両編成の列車がのんびり進む南武支線。

南武支線はどのようにしてできて、現在まで利用されているのでしょうか。

次は、南武支線の歴史について見ていきたいと思います。

南武支線の歴史

205系1000番台 イラスト
浜川崎駅にて。2016年3月26日の小田栄駅開業時から、一部編成の側面及び内装にイラストがあしらわれている。筆者撮影

まずは、南武支線の歴史について見ていきましょう。

南武支線は、1930年3月25日に南武鉄道の浜川崎支線として開業しました。

当初の駅は八丁畷停留場、川崎新町駅、新浜川崎駅でした。

同年4月10日に旅客営業を開始。

1944年4月1日に南武鉄道は国に買収され、南武線となります。

これにより浜川崎支線も国有化され、新浜川崎駅は浜川崎駅と駅名を改めました。

1945年4月15日、太平洋戦争中の空襲により南武線の川崎~向河原駅間が不通となりますが、17日に浜川崎までが運転再開します。

南武線としては最も早い復旧となりました。

1954年3月21日に尻手駅付近が高架化され、南武支線の線路も高架駅に移ります。

1976年3月1日より東海道貨物線の浜川崎~鶴見間が開業したため、南武支線の八丁畷~浜川崎間は実質的に複線となりました。

1980年に旧型国電での運転を終了し、101系が運転を開始します。

クリーム地に緑色のラインの101系は21世紀まで残った最後の101系としてその後語り継がれることとなります。

1987年4月1日、国鉄民営化で東日本旅客鉄道(JR東日本)が発足し、南武線は全線がJR東日本の管轄となりました。

また、日本貨物鉄道(JR貨物)の発足に伴い、南武支線はJR貨物の第二種鉄道事業者となります。

1988年3月13日、尻手~浜川崎間のワンマン運転が開始されました。

2002年8月20日、205系1000番台が登場。

同年12月10日、Suicaが導入開始。JR東日本としては最終グループでの対応となりました。

2003年11月28日に、101系が定期運用から離脱。205系1000番台のみでの運用が開始されます。

2016年3月26日、小田栄駅が開業。

5年前まで何かしらの動きがあった南武支線。

戦争を経てもなお旅客運用を続けているのは、少ない両数でも利用者が少なからずいることの現れです。

今後の計画として、川崎駅と浜川崎駅を結ぶ「川崎アプローチ線」の計画もあり、今後もさらに進化していくことが期待されますね。

次は、そんな南武支線の乗車データなどについても見ていきましょう。

南武支線の旅客数と混雑率

尻手駅 南武支線
尻手駅で発車を待つ205系1000番台。筆者撮影

ここでは、南武支線の乗車データについて見ていきます。

乗車人数等については、特記がない限り2021年5月時点で最新の2019年度(令和元年度)データを使用します。

南武支線で最も乗降客数が多いのは尻手駅の15,067人で、多くは本線の乗客だと思われますが、南武支線への乗り換え客が一定数いることも確かです。

八丁畷駅は1,792人、川崎新町駅は3,009人となっています。

小田栄駅と浜川崎駅は完全な無人駅であるため、JR東日本の平均乗客数計上駅から除外されているようです。

川崎新町駅の乗降客数が八丁畷駅に比較して多いのは、付近に神奈川県立川崎高校があり、通学客の利用が多いことが関係していると思われます。

また、小田栄駅は無人駅で正確なデータこそないものの、付近にはコーナン川崎小田栄モールやイトーヨーカドー川崎店などがあるため、利用者は決して少ないわけではありません。

駅付近の整備が完了した後の利用者数は、約3,500人を見込んでいるとの発表もありました。

また、浜川崎駅はJFEスチールの事業所などが近いこともあり、通勤客の利用が多いと考えられます。

実際に、集計データが残る2008年度(平成20年度)の乗降客数は2,606人となっています。

住宅地と工業地帯を結ぶ路線の性格上、都市路線のように多くの乗客がいるわけではありませんが、それでも乗客の需要が全くないわけではありません。

また、南武支線の混雑率データはありませんが、南武線の混雑が180%台を推移している点や小田栄駅開業前後に列車を増便しているところを見ると、乗客需要は今後も増加していくことが考えられます。

今後の川崎アプローチ線計画が進めば川崎市中心部や東京都心方面へのアクセスも大幅に改善されることから、今後も乗客は増加傾向が続くでしょう。

川崎アプローチ線ができると横須賀線や湘南新宿ラインの快速列車などの混雑が緩和される期待も持てるため、神奈川県民にとっては実現が待ち遠しいところですが…採算性など課題もあるため、実現まではまだ時間がかかりそうです。

まとめ

尻手駅 205系1000番台
尻手駅で発車を待つ205系1000番台。筆者撮影

南武支線の概要や歴史、旅客データなどを見てきましたが、いかがでしたか?

・南武支線は日中約40分間隔で運転されている路線

・1930年の開業以来、新駅開業なども含め地元の乗客や通勤・通学客を乗せ続けてきた路線

・乗降客数は決して多くはないものの、需要が全くないわけではない

といったことがお分かりいただけたのではないでしょうか。

個人的には南武支線は貨物列車の撮影時によく利用しますが、今度はじっくり沿線を旅してみたいなと思いました。

205系のM車はモハ205とモハ204を1ユニットとして使用しないと走行できないため、南武支線の205系1000番台はそれらを改造した2M0T編成。

頻発運転をする路線でもないのに発車時の加速はなかなかのもので、一度体験すると病みつきになります。

そんなディープな魅力たっぷりの南武支線に、一度出かけてみてはいかがでしょうか?

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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