今回は平成の時代に登場し、平成の時代に廃車となった「鉄道車両5選」としてピックアップして、簡単に解説してみました。

【JR東日本】南武線209系

209系は「寿命半分・コスト半分・重量半分」という設計思想に基づいて作られた車両です。

従来の車両より寿命が短くなっても問題ないということになっています。

実際にはこれら京浜東北・根岸線用209系である0番台は、E233系1000番台に置き換えられた後、最初の計画では廃車されるはずが、その後、房総ローカルとして現在でも使われ続けている現状があります。

では、南武線用209系はどうなのかというと、E233系が2015年、2017年に渡り、2度導入されあっけなく撤退してしまいました。

編成・経緯

南武線用209系には横浜線増発用の205系を捻出するために、京浜東北線209系と同時期に投入された編成がいて、1993年製1次車川崎重工業製のナハ1編成、南武線増発用として1997年製造8次車東急車輛製のナハ32編成がいて、のちに2009年から2010年にかけて京浜東北線から3本が転属してきています。

仙石線103系及び故障した205系ナハ4編成の236番モハユニット置き換え用205系捻出のため、
京浜東北線時代のウラ22編成のうち付随車4両を外した6両を改造した、1994年製3次車東急車輛製のナハ52編成、先に紹介したナハ1編成の直接的な置き換えとなりました。

ウラ24編成のうち付随車4両を外した6両を改造した、1994年製4次車東急車輛製のナハ53編成と横須賀線武蔵小杉駅開業に伴う南武線増発用として、ウラ46編成のうち付随車4両を外した6両を改造した、1996年製5次車新津車両製作所製のナハ54編成が存在していました。

ナハ1編成

なおナハ1編成は川崎重工業製かつドアエンジンが空気式であるなど、他の編成との差異があったためなどが影響してなのか、2009年にナハ53編成が転属してきてから少し経った後に、廃車となっていて、最大で南武線には4本の209系が在籍していました。

ナハ53編成 (BOSO BYCYCLE BASEに改造)

南武線用209系が早期に置き換えられてしまったことで考えられることは、E233系への車種統一の他、廃車当時他に転用先がなかった事などが考えられるが、ナハ53編成だけは自転車を載せられるジョイフルトレイン「BOSO BYCYCLE BASE」に改造され、団体臨時列車として活躍しています。

東京メトロ日比谷線03系5扉車

営団地下鉄03系は老朽化した3000系の置き換え、および列車増発用として製造され、日比谷線車両の冷房化を促進するための目的も持って製造された車両です。

機器類には日本初の本格的な車両制御情報管理装置(TIS)を採用するなど、最新の機器を搭載したことが特徴です。

製造当時の運用範囲は東武伊勢崎線・東武動物公園から日比谷線を経由し、東急東横線菊名までの広い範囲で運用されていましたが、東武線から東横線までを直通する列車に関してはあまり存在していませんでした。

5扉車を導入したのはなぜ?

1990年になって5扉車が導入され、5扉車は第9編成の両端2両1・2・7・8号車に組み込まれた。

これは日比谷線ではホームの前後に階段がある駅が多く、編成両端の混雑が激しく、その混雑緩和策として考えられたものです。

外観は3扉車に準じており、窓は固定式とされたため、緊急時には強制換気装置もついていました。
ちなみに、第2扉と第4扉を締めきって、3扉のみ開閉することも可能になっていました。

その後、効果が認められたため、第28編成までの20本の両端2両に5扉車が連結されていた他、
乗り入れ先の東武でも、両端2両を5扉車とした20050型が8本製造されました。

5扉車が引退した理由は?

日比谷線にホームドアを設置することが決まったために、日比谷線車両は18メートル車体・3扉または5扉の8両編成である03系及び東武20000系列から、20メートル車体・4扉の7両編成である新型車両13000系、及び東武70000系列によって置き換えられることになった。

03系に置いてはあまり手の付けていない5扉車は真っ先に廃車対象となり、2018年9月を以て03系の5扉車がすべて引退しています。
同時に東京メトロ保有の車両は全て交流電動機を装備した、省エネなVVVFインバータ制御車両となっています。
なお、03系は一部の3扉車両が地方私鉄などへ譲渡されているが、5扉車を組み込んだ編成に関しては編成全車が廃車後、解体されています。

中央線特急 E351系

E351系は中央線の特急であった183系・189系の置き換えと、JR東日本中央線特急の高速化のために設計された車両です。
現在もそうですが、中央線特急は中央道を走る高速バスと競合しており、また松本市を中心とした沿線自治体からの要請もあり高速化が急務となっていました。

そのため、制御付き自然振り子装置を搭載してカーブ通過時の速度を上げ、また最高速度を183系及び189系時代の時速120キロから、時速130キロに向上したこともあり、新宿~松本間の所要時間はそれまでの2時間50分程度から、最速で2時間30分程度にまで短縮しました。

ちなみにE231系、E233系のように、形式称号に東日本を表す「イーストのE」である、Eを付けたのはE351系が最初となっています。

振り子装置 のちに改良

振り子装置は従来の381系などに採用されている、遠心力を利用した自然振り子方式ではカーブを通過する際に、「振り遅れ」や「揺れ戻し」と呼ばれる振動が発生してしまったため、乗り心地の悪化を発生させ、乗り物酔いを起こすことがあり、またそれが不評でした。
E351系はその改善のため車上のコンピュータにあらかじめ線形を記憶させ、カーブごとに適切な傾斜を行う制御付き自然振り子装置を搭載し乗り心地を改善させています。

しかし、軽量化したとはいえ製作コストを削減するため、車体を鋼製としたことによるその重心の高さなどが起因となって、本来目標としていた性能に届かなかったことや、381系と比べると乗り心地は改善されたが、それでも乗り物酔いをする乗客も出したようです。

また、製造コストの高騰もあってか、全てのあずさを置き換えるまでには至らず、基本8両編成、付属4両編成各5本の製造に留まってしまいました。

「スーパーあずさ」が使われていた理由

E351系はスーパーあずさと称する、あずさの中の速達便の列車のほかに、間合いとしておはようライナー新宿やホームライナー小田原、中央ライナー等の運用も担っていた。

E351系を使うあずさに「スーパー」と付けた理由ですが、E351系を使う列車とそれまでの183・189系を使う列車と、所要時間に大きな差ができてしまったことであり、E351系を使用する列車は「スーパーあずさ」、旧来の183系及び189系を使用した列車は「あずさ」の名称を使用、のちに183系及び189系を置き換えた、非振り子式車両のE257系も基本的にスーパーの付かない「あずさ」に使用されていました。

E351系が引退の理由は?

しかしE351系は、2017年から2018年にかけて、後継のE353系が導入され真っ先に置き換えられ、廃車されてしまいました。
当初E351系は波動輸送で使用するという話も聞いた記憶があり、また他の車両では他の特急に転用されるケースもなくはないが、E351系はあっけなく廃車となってしまいました。

これは振り子装置を中心とした複雑な機構に関して、保守に手を焼いていたという事情や、
VVVFインバータ制御装置など、半導体製品の寿命を迎えそうであったことなどが深く関わってくるからだと思われます。

東急2000系

1990年代初頭当時、東急田園都市線では利用者が急増していたため、東急電鉄は列車を増発しようと目論んでいました。
そのために導入されたのが東急2000系です。

見た目は9000系1000系と似ている

コストを抑えるため車両全体は大井町線、東横線、池上線、目蒲線に投入された9000系、1000系と酷似しています。
1992年に2001Fと2002Fの2編成が投入された後、1993年に2003Fの1編成が東横線に8両編成で暫定導入された後、同年内に2003Fの中間増結車2両を製造して10両編成化。その後2003Fが田園都市線へ転属して2000系の製造は終了しました。
少数派に終わった理由であるが、当時の主力車両である8500系などをまだ置き換える予定がなかったことなどが背景に考えられます。

2000系が活躍していた頃

2000系は製造以来、田園都市線及び半蔵門線にて他の車両に交じってバリバリ稼働していました。
だが、東急・営団・東武の3社直通運転が始まると、一部の8500系を除いて他の車両たちは東武線へ直通運転したのだが、2000系は東武線へ直通しませんでした。

理由は少数派であったため、乗務員訓練するのに時間がかかりすぎることから東武から乗り入れを拒まれてしまったためとされています。

そのため、2000系は東急と半蔵門線を往復する運用に限られ、晩年を中心に日中や土休日はあまり運用に入る機会がありませんでした。
ところで東急では、新型車両である2020系の導入が行われています。導入の理由は、2017年から主に8500系を置き換えるために導入しています。

大井町線に転属と廃車に

最初の3編成は増発用として製造されたため、それによって置き換えられる車両はいませんでした。
それと前後して2000系2003Fのリニューアル・機器更新が竣工し、最初の段階では10両編成で試運転を実施していたものの、2003Fは10両編成でリニューアル後営業入りすることなく、紆余曲折の末5両編成へ短縮され、大井町線へ転属してしまいました。
追って2002F、2001Fに関しても2020系に置き換えられる形で真っ先に運用離脱し、機器更新工事や編成短縮・組み換えなどを経て、半数の車両が大井町線へ転属し、残りの車両は廃車・解体されています。

小田急20000形 ダブルデッカー(2階建て)車両

小田急20000形RSEは従来の小田急ロマンスカーの車両と異なり、前面展望席や連接構造が採用されていないことと、中間車両にダブルデッカー車両が連結されていることが特徴のロマンスカーで、1990年に登場しました。

371系と共に「あさぎり」として活躍

この車両はJR東海の371系と同じく新宿から松田にある連絡線を通り、御殿場線へと直通する特急あさぎり号に使用されていました。

もともと御殿場線へと直通する車両は3000形SSE車を使用していたが、最初の想定耐用年数が10年と短く、1968年の時点で既に耐用年数を過ぎていたため、このSSE車の置き換え用として1991年に製造されました。

RSEはあさぎり号のほかに予備車としてはこね号などで箱根に乗り入れることもありました。

機器類は絶大な信頼を得ている10000形HiSEと、ほぼ同一のものを御殿場線に対応させて使用しています。

あさぎり号にRSEと371系が就くようになってから、沼津まで乗り入れ、更に後年になってホームウェイ等にも使用され、多摩線へ乗り入れたりするなど、順風満帆ともいえる車生を歩んでいました。

ハイデッカー車両が敬遠され廃車へ

しかし、2011年に小田急とJR東海はあさぎり号の使用車両を、60000形MSEへと統一することを発表し、2012年3月のダイヤ改正を以てRSEは引退、その後廃車となってしまいました。

早期に置き換えられてしまった理由としては、ハイデッカー構造を採用していることがあげられる。

ハイデッカー構造を採用している車両は、政府が定めた高齢者や、障害者の方たちが円滑に移動できるようにするための法律である、
通称「バリアフリー新法」によって徐々に敬遠されてしまい、RSEは置き換えられてしまいました。

富士急譲渡・廃車後は小田急ミュージアムに展示

引退後は2編成作られたうちの第2編成が3両編成に短縮の上で、バリアフリースペースを設置するなどの改造を行い、富士急へ譲渡され8000系として運転している他、第1編成の一部車両が、海老名に建設予定の小田急ミュージアムにて保存されることを前提として保管されています。

小田急ミュージアムに移設する際に撮り鉄が座間駅でホーム内に侵入してしまった事件があり、逮捕者を出したほかテレビで放送されるほど話題となってしまったのは残念ですね。

まとめ

以上のように30年と短い平成生まれの車両でも、平成で散ってしまった車両は存在しています。

最近では、京浜東北線で走っているE233系が、まだまだ新しいと思うのにも関わらず、置き換えが検討されています。

背景には人手不足対策や人件費抑制などのために、ワンマン運転を実施するなど必要人員数を減らさなければいけないことがあげられます。

平成の間に誕生し、平成に引退してしまった車両を5車両ピックアップしてみましたが、いかがだったでしょうか?ぜひ、感想などをコメント欄で教えていただけたら嬉しいです。

Twitterでフォローしよう

おすすめの記事