皆さんは、国道駅という駅をご存知でしょうか。
鶴見駅から川崎方面に複雑に広がる、JR鶴見線。
その鶴見線に乗って鶴見駅の次にあるのが、国道駅です。
近くに何があるのかと言われると…めぼしい施設はありません。
駅のホームに降りてみても、ホームはいたって普通の駅。
ですが、この駅には鉄道ファンや一般の観光客をも惹きつける、特別な魅力があるのです。
一体、国道駅が持つ魅力とは何なのか。
国道駅の概要や歴史を見ながら、その魅力を紐解く旅に出かけましょう。
国道駅とは?停車路線の鶴見線や国道駅の特徴について解説
まずは、国道駅の概要をチェックしていきましょう。
国道駅は、1930年10月28日に開業した駅です。
先述の通り、ホームは2面2線の対向式。
鶴見線のすべての列車が停車します。
無人駅であり、エレベーターやエスカレーター、多目的トイレなどのバリアフリー設備は未整備かつトイレは男女兼用のため、訪問時は注意が必要です。
そんな国道駅ですが、たくさんの人が訪れるのには理由があります。
その理由は、ホームから階段を降りると分かります。
初めて降りたときは「なんだこれは」という感想しか出てこないであろう、異様な雰囲気。
明るかった地上ホームから改札階へ降りると、開業当初からほとんど変わっていないアーチ状の高架下の風景が広がっています。
改札階にある飲食店などの看板も昭和初期を思わせるような意匠のものが多く、昭和初期にタイムスリップしたのではないかという錯覚が起きるでしょう。
駅の外に出ると、壁にいくつかの凹凸が見えます。
これは1945年、太平洋戦争下で連合国軍によっておこなわれた機銃掃射の痕です。
国道駅は戦争の歴史を今に伝える、貴重な建築の一つなのです。
駅を出て少し歩くと、鶴見川が。
河口に近い場所で、国道駅を発車した下り電車は鶴見川を渡って鶴見小野駅に向かいます。
ちなみに、国道駅という駅名の由来は、鶴見線と京浜国道の交わる場所にある駅という立地から。
京浜国道は現在の国道15号線。
国道駅開業当時は国道1号線でした。
京急本線の花月総持寺駅へも徒歩5分ほどと近く、京急線が何らかの原因で止まってしまった際には重宝する駅ともいえます。
国道駅の概要がなんとなくつかめたところで、次は国道駅の歴史について見ていきましょう。
国道駅の歴史
国道駅は、先述の通り1930年10月28日に開業した駅です。
当時は鶴見線が国有化されておらず、鶴見臨海鉄道という路線の駅でした。
旅客営業のみの駅で、貨物取り扱いはなし。
1943年7月1日に鶴見臨海鉄道が国有化され、鉄道省鶴見線の駅となりました。
1971年3月1日に無人駅化。
1987年4月1日、国鉄民営化に伴い東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となります。
2002年3月22日、Suicaが利用開始となりました。
1930年の開業以来、昭和・平成・令和の時代を変わらぬ姿で見つめ続けてきた国道駅。
国道駅は戦争の機銃掃射で傷つきながらも解体されずに建物がそのまま残り、現代に戦争の辛さを伝える遺産でもあるのです。
1945年5月29日の横浜大空襲では国道駅は攻撃目標から離れている場所ではありましたが、国道駅のあるエリアは軍需工場などが密集する臨海部であったため、相当程度の被害が出たのだろうと推察できます。
そんな中でも奇跡的に建物が全壊せずに残り、これまた奇跡的に現在まで解体されずにそのままの姿を保っている国道駅。
日本の、横浜の歴史をずっと見続けてきた国道駅が問いかけるものは、非常に大きく重いものであると感じざるを得ません。
こういった歴史やたたずまいが、各種メディアや漫画『鉄子の旅』、ドラマや映画などで何度も取り上げられ、多くの人が訪れる理由の一つなのかもしれませんね。
まとめ
鶴見線国道駅の概要や歴史について見てきました。
国道駅の最大の魅力は1930年の開業以来ほとんど変わっていない駅舎とその独特の雰囲気、昭和から令和にかけての歴史を伝える説得力にあるのだろうということがお分かりいただけたのではないでしょうか。
インスタグラムなどのSNSが普及している昨今では、いわゆる「映えスポット」を訪ねて写真を撮る人々が増加していますよね。
国道駅もその中で認知度が徐々に高まっており、たとえばインスタグラムで「#国道駅」と検索すると4,000件以上の写真がヒットします。
独特のたたずまいを持つ国道駅は、新たな世代からも注目される「映えスポット」になりつつあるようです。
とはいえ、訪れる曜日や時間を考えればひっそりとした雰囲気も味わえるのが国道駅の良さ。
ある時は友達とわいわいしながら撮影を楽しみ、またある時は一人で国道駅が体験してきた歴史に思いをはせる…といった楽しみ方もいいかもしれません。
それぞれの楽しみ方で、国道駅を満喫してみてくださいね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。