阪和線とは

阪和線が起点となるJR天王寺駅。近鉄、大阪メトロなどが乗り入れる大ターミナル

 大阪・天王寺と和歌山を結ぶJR阪和線(61・3キロ)は都市間輸送のみならず関西国際空港へのアクセス路線を担う幹線です。

それゆえに朝夕のラッシュ時、堺市と大阪市の間、鳳から天王寺間(15・1キロ)は乗降客が多く、運転本数が多いにもかかわらず慢性的な“渋滞”が発生していました。抜本的な解決策が見つからない中で、“特効薬”は「複々線化」⁉︎でしょうか。冗談ではないのです。過去に計画されていたことをご存知でしょうか。

「はるか」「くろしお」「関空紀州路快速」が走るバラエティ路線

夕方のラッシュを迎えたJR天王寺15番ホーム。関空紀州路快速が南へ向けて発車する

沿線に敷地を確保済み⁉︎

 天王寺駅阪和線ホームは2か所あります。関空特急「はるか」「くろしお」や大阪環状線に直通する関空・紀州路快速といった看板列車は半地下ホーム。普通や区間快速は頭端式の地上ホームから出発します。

 地上ホームから出発すると、最初の停車駅、美章園を過ぎたあたりから右手に線路と平行して空き地が見えてきます。阪神高速松原線をくぐるあたりから、今度は左手に空き地が広がり、杉本町駅の手前まで続きます。

「敷地は確保できているやん。あとはGOサインだけや」

「あの土地、勿体無いやん。JR西がちゃっちゃと買わなあかんやん」

「朝のノロノロ運転、ええ加減にせえや」

 なにわの鉄道ファンの罵声が聞こえてきそうです。しかし、堺市内に入ると様相は一変します。南海高野線との接続駅、三国ヶ丘の周辺は住宅や工場が密集しており用地確保は難しい。百舌鳥から上野芝、津久野の各駅間はなんとか土地を確保できる可能性がありそうです。

 そもそも、戦前の阪和電鉄時代から建設用地を確保するチャンスはいくらでもあったはず。なぜ、できなかったのか。ちなみに阪和電鉄は1926年に設立された会社で、阪和間を「超特急」が約45分(現在くろしお号が最速43分)という驚異的なスピードで結んでいた。

JR鶴ケ丘駅東側に広がる空き地。複々線化へ線路増は十分可能だ

戦前から高速化運転…令和の今再び夢を

 阪和線の歴史は古い。1926年に開業した私鉄の阪和電気鉄道がルーツ。駅間距離が短く、三角屋根の駅舎が特徴的でした。戦前、南海鉄道(現南海本線)と乗客獲得競争を繰り広げて、阪和間を45分で結ぶ「超特急」を走らせていた。戦後は東海道・山陽本線以外で新快速電車が走っていたこともありました。それは南海とのスピード対決の歴史でした。

 現在、天王寺―鳳間は最高時速95kmに制限されています。高架複々線化して、中央部の2線を優等列車に充てればスピードアップも可能となるはず。

阪和電鉄時代の姿を残す丸屋根駅舎がある東佐野駅

阪和線の歴史

 JR天王寺駅は国鉄時代から南大阪の一大ターミナルで、地下鉄との接続駅でもあり一日の乗降客数は約28万人を誇る(近鉄、地下鉄メトロも加えると約70万人)。戦後、複線では将来飽和状態になるのは間違いないと、1958(昭和33)年3月「大阪市及びその周辺における都市交通に関する答申」の具体的区間に「阪和線天王寺―鳳の線路増設」が記されていました。和歌山や大阪南部からの通勤客の増加を懸念していたのです。

 ただ、平行して走っている南海電鉄本線の存在が浮上してきます。両者の間は数キロしか離れていません。南海は海岸沿いの人口ちゅう密地帯に路線があるため、早くも1931(昭和6)年には粉浜―住吉大社間を複々線化していました(現在なんば−住ノ江間)。将来の乗客増に準備をしていたわけです。その南海の輸送力と複線の阪和線を合わせれば、阪和間に線路増設の必要なし、と行政が舵を切ったのも無理はない。

 さらに、泉北高速鉄道の開通(1967年=昭和42年)も阪和線複々線化にブレーキをかけたとも言えます。同鉄道は大阪府が音頭をとって開発した泉北ニュータウンへのアクセス路線として新設されました。将来的には泉南地域へ南進して、阪和線や南海本線へ接続する構想もありました。

 他にも、南海貝塚駅から水間観音駅を結ぶ水間鉄道から途中分岐して、国鉄和歌山線粉河駅までを結ぶ「紀泉鉄道」が戦前から計画されて、この路線の途中に、泉北ニュータウンに続く大規模宅地開発(南海くまとりニュータウンという交差点名が現存している)の話も持ち上がっていました。大阪南部におけるこれらの新線の計画を前に、阪和線の複々線化は輝きを失っていった。

旧鳳電車区で出番を待つ関空特急「はるか」

関空開港きっかけに増発、過密路線に

 阪和線複々線化が再び脚光を浴びるのは、1994年関西国際空港(以下関空)の開港でした。南海電鉄とともに空港アクセスを担うことになったJR西日本は、特急や快速に新型車両を投入。運転本数増に伴い、過密路線と名指しされるようになってきました。

 しかし、JRも行政も黙っていたわけではないのです。阪和線は、新設される阪神高速大阪泉北線と3層構造をなし、複々線化される予定で、工事が始まっていました。そこへ「1・17」阪神淡路大震災が関西を襲います。1995年のことでした。テレビに映し出された阪神高速神戸線の高架道路の倒壊が、安全性への不安をかき立て、工事が取りやめとなります。

 ビフォーコロナの頃は、インバウンドの好況に沸き、「はるか」の新車271系の投入など明るい話題が続く中、過密・混雑する状況に変わりは無かった。そして、今コロナ禍…。

天王寺駅18番ホームから出発する紀勢本線特急「パンダくろしお」。老若男女に人気がある

阪和線の今後 まとめ

 新型コロナウイルスによりインバウンド需要がなくなり、阪和線は本数を減らして運行している。アフ ターコロナでは、リモートワークが広がったことで通勤客、そして観光客需要が戻ってくるとは限らない。 その流れは天王寺―鳳、幻の複々線化計画を完全に「幻」とし、鉄道ファンの記憶からも消し去るかもしれない。

 ただ、一縷の望みは2031年開業予定の「なにわ筋線」。JR、南海、阪急に相乗効果が生まれ、大阪市内の鉄道輸送は確実にV字回復するだろう。平時に戻れば再びやって来るであろうインバウンド客の輸送もある。せめて天王寺から高架が終わる杉本町まででも複々線化して、サービス向上に努めてくれることに期待したい。

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